自立したくて頑張っている人へ

努力が報われない

 

人に認められると、嬉しい。
人に否定されると、悲しい。

 

だから人に否定されないように生きていこう。
人の期待を裏切らないように頑張ろう。

 

自分は人として自立しないといけない。
だから社会で通用する人間になろう。
人に認められるように頑張らないと。

 


自立って、なんだろう?

 

「自立した人間になるために、頑張ります!」

もうすぐ4月を迎える、3月末の今日。
新しい職場。新しい環境。
新しい挑戦に胸を踊らせる人も多いのではないでしょうか。

 

僕はふと思いました。
自立ってなんなんでしょう。

 

誰かに頼らずに生きていけること?
人に迷惑をかけずに生きていくこと?

 

自立した大人は、人に頼らずに生きていける??
自立した大人は、人の期待に応えられる??

 

自立しなければ、という依存。

 

自立しないといけない。
頑張ります。頑張ります。頑張ります。。。。。

 

必死で自分に鞭打って頑張っている人がいる。
自分は自立しないと。自分の力で生きていかないと。

 

果たして、僕たち人間が、誰にも迷惑をかけることなく
生きていくことなんて可能なんでしょうか?

 

果たして、僕たち大人は
人の期待に応え続けることが可能なんでしょうか?

 

自立の反対は?と聞くと
「依存だと思います」という答えが帰ってきます。

 

依存とは、その物事無しでは成り立たなくなる事です。
 

「自立しなければ、頑張らなければ、期待に応えなければ・・・」

 

もはやこれは、『自立する』『頑張る』『期待に応える』ことに
依存してしまっているのではないでしょうか。

 

人間の社会で完全な自立なんて、有り得ない。

 

僕たち人間は、一人で生きていく力がありません。
だから社会を作りました。

 

助け合っていかないと、生きていく事すらできません。
どれだけ立派な人だろうと、誰かに助けてもらわない事には
生きていく事ができません。

 

僕たち日本人の主食はお米です。
そのお米を食べている人の中で、お米を作る能力がある人は
多分1%もいないんじゃないでしょうか。

 

お米を食べているのに、お米を作れない人は
お米を作る人に依存しているのでしょうか?
そんなことないと僕は思います。

 

お米を作る人は、お米を作れない人から
色々な経路をたどってお金という対価をもらっています。
これで作る人も作れない人も幸せです。ハッピー。

 

お米を作れる人が、お米を作れない人と友達で、お米を分けてあげた。
お米を作れない人は、美味しいお米を食べられてハッピー。

 
ハッピーだから、お礼を言います。
お礼を言われたお米を作れる人は、喜んでもらえてハッピー。

 

これって素敵な事なんじゃないかって僕は思います。
人間社会を生きている時点で、僕たちは誰かの助けなしには生きていけません。
だから助けてくれた人に感謝をします。
感謝されたら気持ちがいいのです。

 

依存が問題になってしまうとき。

 

「自立した人間になりたいんです!」
そう言って頑張っている人は
自分が人に依存してしまわないように必死になっています。

 

相手は親であったり、友人であったり、恋人であったり。
上司であったり、時には環境であったり。

 

ですが僕たちは人間です。助けてもらわないと生きていけません。
なんだか、矛盾していませんか。

 

 

『依存』が問題になる時。
それは、助けてくれた事が『当たり前』になってしまうから
はじめて問題になるのではないかなって思います。

 

相手が自分にしてくれた事。
それが自分の中で当たり前になる。
当たり前になっているから
感謝よりも先に「ないと困る!」が頭を駆け巡る。

 

だから失わないように必死になります。
だから依存をしないように頑張ります。

 

でも、無理なんです。
僕たちは助け合わないと生きていけないんだから。

 

誰かが自分を助けてくれた。誰かが自分を手伝ってくれた。
誰かが自分を安心させてくれた。自分に幸せをくれた。

  
心のどこかで、それを当たり前だと思っていませんか。
自分を喜ばせてくれた相手を、自分も喜ばせたいと思えていますか。

 

「次もください!無いと困るんです!」
頭に浮かぶ言葉が、感謝ではなく要求だった時。
依存は問題として産声をあげるのです。

 

助けてもらったなら、心からお礼を言えばいい。

 

依存しないように、自立をしよう。
確かに立派なことかもしれません。

 

ですが、それよりももっと大事なことは
助けてくれた相手に心からお礼を言うことではないですか。
敬意を払うことではないですか。

 

誰かが自分にくれたもの。与えてくれた感情。
まずは自分が相手に「ありがとう」と本気で言ってみる。

 

『有り難う(ありがとう)』の反対は『当たり前』です。
本当は『当たり前』ではない事を『当たり前』だと思うと
そこに『有り難う』は生まれません。

 

『当たり前』だから無いと困ります。
これって、依存ですよね。

 

『自立』する事が『当たり前』になっていませんか。
『人から助けてもらう』事が『当たり前』になっていませんか。

 

 

自立を目指す前に・・・

 

色々と僕の考えている『自立と依存』について書きましたが
『自立』を目指して頑張ることは素敵なことだと思います。

 

両親からの自立、経済的自立、恋人や友人からの自立・・・・

 

人の数だけ、目指している『自立』があると思います。
でも、自立を目指す前に少し考えて欲しい事があるのです。

 

人は完全に自立する事などできません。
僕たちにできるのは、人と助け合って生きていく事だけです。

 

あなたを助けてくれた人。
あなたを支えてくれた人。

 

その人のおかげであなたが救われた事を
あなたは覚えているでしょうか。
当たり前にしていないでしょうか。

 

心から、感謝しているでしょうか。
その人を自分なりのやり方で、喜ばせようとしているでしょうか。

 

あなたが喜んでくれる事。
それだけで相手からすれば、嬉しいものです。

 

 

『自立』するために頑張っている人へ

 

あなたが今まで人から助けられて生きてきたのは
あなたの存在そのものに価値があるからです。

 

あなたが喜ぶと嬉しい人がいるから。
あなたが助かると嬉しい人がいるから。
あなたの役に立ちたい人がいるから。

 

だからあなたはたくさん人助けられてきたのです。

 

「自立しなきゃ!」って自分の価値を否定しないで欲しいです。
頑張ることは素敵な事です。
でも自分を否定するのはあなたを支えてくれた人に失礼だと思いませんか。

 

まずは、「ありがとう」って伝えてみましょう。
言うのが恥ずかしいなら、心の中で思ってみましょう。
できるなら、その人たちを自分なりの方法で喜ばせてみましょう。

 

きっと、今よりももっとずっと、生きやすくなるはずです。
人生が少しずつ、楽しくなるはずです。

 

 

このブログを書いている人

倉田直人(くらたなおと)

報われない頑張り屋さんを応援するメンタルコーチ。


『他人と比較する生き方から、自分の世界観を突き進む生き方へ』をテーマに対話を提供する。元セミプロのアスリート。選手をやめてから、日払いで稼いだ10万円を握りしめ上京。コーチとして起業をし、東京での生活も3年目。
どうせやるなら、うまくいった方がええやんね。
詳しいプロフィールはこちら


 



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